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独裁者


元気の出る映画特集 この作品は世紀の名俳優、チャーリー・チャップリンの初めてのトーキー映画
としてあまりにも有名ですね。
日本での正式なタイトルは「チャップリンの独裁者」なのですが、 この映画の原題は「THE GREAT DICTATOR」といいまして直訳すれば 「偉大なる独裁者」。この「グレイト」の部分も是非邦題で 訳してほしかったですよねぇ、この作品にはこの方がタイトルからして思いっきり 皮肉たっぷりですものね。
ヒトラー存命していたあのナチス=ドイツ時代に、 あのヒトラーを徹底的に批判した映画を作るなんて、 チャップリンにしかできない芸当だとは思いませんか? まぁ、他にいなかったわけですから彼にしか出来なかったのでしょうけどね。 ある意味、ひとつの反戦映画という領域遥かに超えて、映画史上最も強烈な個人攻撃とも 取れます。 それもダーティな攻撃では無く、純粋過ぎる位、 真正面切った正々堂々の攻撃とでも言えばいいのか・・・。 ヨーロッパではナチス=ドイツが猛威を振るっていた時代、それもこの当時 アメリカ国内にもヒトラーの信奉者が多数いたそうです。 そんな時代にここまでやった(作った)チャップリンの勇気にはただただ頭が下がります。 ホント、ヒトラーをこれでもかって感じで徹底的にパロっていますしね。 ヒトラーを、とことんまでに冷酷な英雄としては描かず、チャップリンなりの 滑稽な人間の間抜けさを表現しつつ、徹底的に小心者で無様な男として描いています。
さてさてストーリーは・・・
風船玉に模した地球儀をもてあそび、世界制覇を夢見ているヒンケル(チャップリン2役) は独裁者。ライバルのナポロニ(明らかにムッソリーニがモデル)の訪問の際も、 いかに自分の方が優れているかということを誇示しようと躍起となっています。 (この愚かな誇示の仕合が笑えるのですが・・。) 一方、ヒンケルと瓜二つのユダヤ人の床屋(チャップリン2役)は 恋人であるハンナと交際しつつ、細々ながら幸せに暮らしていました。 (床屋さんの施術シーンも大笑いですが・・・ホント、チャップリンは演技が絶品。
仮に本職の床屋さんが演技してもここまで床屋さんぽく演技出来ないのでは?) ヒンケルはやがてユダヤ人の迫害に着手します。床屋(チャップリン2役) も収容所に入れらますが、ハンナは隣国オストリッチに逃げ・・・。 軍服を盗んで収容所から逃げた床屋はヒンケルと間違われ、 ヒンケルの方はユダヤ人の床屋として逆に捕らえられる。 クライマックスで床屋は、数万の群衆を前にヒンケルとして壇上に立ち、 自由の尊さを訴える大演説を・・・。 という感じです。
最後の演説、これは映画史というか歴史に残る名シーンではないでしょうか? 歴史の教科書にも載せるべき作品だと私は思っています。 ある意味、この作品、チャップリンの役柄とは別物で、彼本人の本当に訴えたい事を 誠実に、それも人の心を打つ情熱を発散しての名場面。 この時代にこんなシーンを撮れる事、そのものが彼の凄さだと実感出来ます。 「人類愛」を素晴らしい熱弁で説くチャップリン。
更に凄いのは、この後。一息ついたかと思うと突然、 「ハンナ、聞こえるかい?」って言うんですよね。 そうそう、ハンナとは彼が演じている床屋の恋人である彼女の事。 ここではじめて、この作品を見ている観衆(私達)は 「あっ、そうか。これって映画だったんだ」 って思い出すみたいな・・。チャップリンの説く「人類愛」に対する熱弁が あまりにも素晴らしく、それまでの映画の経緯を忘れてしまう程の 名シーンなので、この「ハンナ、聞こえるかい?」って台詞で 私達観賞者をまた、映画の世界に引き戻してくれるみたいな・・。 結局、チャップリンの説く「人類愛」とは、政治や国家がどうあるべきかを熱く 語っているようで、実は政治や国家が守るべき、ハンナや床屋のような 真面目に生きてる一般の庶民が苦しむような世の中であってはならない、 といったシンプル、それでいて最も忘れがちな「当たり前」の事なんですよね。 「こんな当たり前な事があなた(ヒトラー)には解らないのかい?」 とチャップリンは自分の命を賭けて投げ掛けているような気がします。
世の中、難しい事より、簡単な当たり前の事の方が難しいって事も ある意味、真実って部分が多々ありますしね。ここでいう「当たり前の事」とは それと同様の深い意味での「当たり前の事」ですよ。 ジャンル的にはコメディ作品になるのでしょうが、その奥の深さは計り知れません。 寝転びながら、ポテチを喰いつつ片手間に鑑賞するではなく、心を正し正座して観賞、 その上で大笑いし、最後に感動に打ちのめされるべき作品だと思います。 ちょっと長くなりました。最後までお読み頂き、ありがとうございます。


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